「天候レジームの維持と遷移に関する数値実験的研究」
はじめに
この研究の目的は,対流圏における大気大循環の長期変動を複数の天候レジー ム(準定常状態)間の遷移として捉え,理想化した完全非線型モデルを用いる ことにより,それぞれのレジームの維持と遷移のメカニズムを明らかにするこ とである.地球大気を念頭に置いた順圧モデルおよびプリミティブモデルを用 いて長時間積分を行ない,準定常状態の動態を解析した.また,順圧モデルで 有限時間リアプノフ安定性解析を行ない,予測可能性の変動とレジームとの関 連を調べた.
Legras and Ghil(1985)により簡略化された順圧大気循環モデルを用いて,天 候レジームの変動の力学的構造を明らかにし,予測可能性の時間変動との関係 について調べた(第1章).このモデルは帯状流強制と散逸と地形効果を含む 低次スペクトルモデルである.帯状流強制の強さを実験パラメータとして,モ デルの有するアトラクタの力学的特性を調べ,そこで準定常状態(天候レジー ム)が果たす役割を明らかにした.また,典型的なアトラクタ数例を選び,有 限時間リアプノフ安定性解析を行なって,アトラクタ上での誤差成長率の時間 変動を調べ,準定常状態との関連を明らかにした.
3次元プリミティブモデルを用いた数値実験では,帯状平均帯状流と傾圧性擾 乱の相互作用により2つのレジーム間を遷移する変動が存在することを示し, 各レジームでは互いに異なる温帯低気圧ライフサイクルがあることを明らかに した(第2章).平均帯状流はダブルジェット型とシングルジェット型の2つ のレジーム間を不規則に変動する.PV-θ法による事例解析を行ない,それ ぞれのレジームに特有の温帯低気圧ライフサイクルを得た.また,温帯低気圧 ライフサイクルを識別する指標を導入して,長時間積分における流れ場の変動 との有意な関連を見い出した.
発表済の解説論文および本研究の動機づけとなった有限時間リアプノフ安定性 解析に関する共著論文(4編)を付録として添付する.
ここで用いた順圧モデルは石岡圭一氏(東京大学大学院数理科学研究科)のコー ドをもとに作成したものであり,全球3次元プリミティブモデルは地球流体電 能倶楽部のAGCM5コードをもとにしたものである.また,作図には地球流 体電能ライブラリを用いた.数値実験およびそのデータ処理は,大阪大学計算 機センターSX-3Rおよび京都大学電波科学計算機実験装置(KDK)を用 いて行なった.ここに記して感謝の意を表わすものである.
研究代表者 余田 成男
Created: April 8, 1996